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2009年の年が明けてから、馴染みの飲み屋へと新年の挨拶も兼ねて出かけた時の事である。
もう付き合いが10年にもなろうかというママさんの、もう4年5年も経とうとしているその店には、私と同じ目的を持った人々であふれかえっていた。そのため、私には座る席が無く、追い出されてしまった。そうしたタイミングに、この店のママであるところの真子さんの、後輩だか友人だかよくわからない関係である理香やんがあらわれたのである。もちろん彼女にも座る席は無い。二人そろって店を追い出されたわけであるので、席が空くまでという感じで、そこらへんの居酒屋で時間を過ごす事になった。
理香やんは、髪をところどころ目が覚めるほど鮮やかな赤色で染め上げていて、ずいぶんと活気のある姿であった。もちろんこれは新年だからという理由ではなく、年がら年中そうである。もう彼女ともずいぶん長い付き合いであるので、それが単なる若作りであることは、私は知っている。いい加減に、いろいろな意味で、そろそろ落ち着いても良い頃でもあろうのに。果たして会社で何か言われはいないのだろうかと、心配になることがしばしばある。
新年の挨拶もそこそこに、全体を白髪にしたうえでその赤染めのところを黒色にすれば牛になって今年っぽいトレンドになるだろうなどと茶化してやるかと考えながら、まずはという事でビールなどを注文してみた。そして、一応ながらの乾杯の後に、これから行くべき店に席が出来るまでの、とりとめの無い会話に終始していたわけであるが。
この娘と言うか女性と言うか、つまるところ理香やんというのは、まるで勢いだけで生きているようなところがあって、基本的にはあっという間に出来上がってしまう。そしていつもの様に、まるで濁流の様に流れるその話を掻い摘んで話をまとめてみると、新年早々何やら会社で嫌な事があったらしく、今日ぐらい飲んでもいいじゃない!という事らしい。結局その話は、彼女が去年からまるで変わっていない事が証明されただけであった。ただひとつ去年と違ったのは、その話の矛先がだんだんと私に向かってきた事であった。
「だからさ、はなもげらさんの話はさ、マニアックすぎるんよ」
「それはまさに褒め言葉だな。マニアックであることこそ、我が人生とでも言える。そういうマニアックというか、詳しいところをだな、次々と・・・」
「いやさ。そういう話は、ちょっとでいいのよ。ほんのちょっとで。それを期待してきいてるわけ。それを嬉々として10倍も20倍も膨らまして話されると、面白いときもあるけど、ほとんどの場合困るわけよ」
痛恨であった。打ちひしがれた。擬音を使うとするならば、まさに「よ、よよよ」というレベルに達する事態であった。
幼少の頃より「にんげんひゃっかじてん」「あるくとしょかん」と評され、全怪人怪獣大百科を読んでは、見た事もないグリーンマンに登場するドリリングという怪獣について語り、ウルトラ怪獣大百科を諳んじては「おとり」の意味さえ輪からずに「おとり怪獣ブルーマ」について呟くという世界にあった私にとって、関連する知識と言うのは非常に重要なものであり、そうして広がりゆく世界を共有する事については、アクエリオンのそれを超える悦びであるのだ。もちろん現在において怪獣についてなどは、ツインテールがエビの味がすると言う程度の事しか覚えていないし、比喩的表現に使ったTVアニメのアクエリオンなど、ぱちんこのTVCMを知っているくらいで、見た事もない。
それからの理香やんの猛攻は凄まじかった。アルファベットを使って表現するなら「すさまG」という感じであった。まるで私へのダメだしをするためにこの世に生きてきたかのような闊達ぶりで、新年早々下を向きっぱなしの悲しい酒となっていった。もしこのタイミングで、真子さんから電話がなければ、私はどこか遠い国へと旅立っていたに違いない。当時の状況、新宿からの予算的に考えて、横浜にあるこどもの国へと亡命していた可能性が高いと考えられる。
結局のところ、席が出来ましたよ、朝まで大丈夫ですよ、という電話に助けられて、我々は、真子さんの店へと向かった。店にはやさしい大人たちがたむろしており、これまでのひどい酒席と吹きすさぶ寒風から開放されて、身も心も暖まったのは言うまでもない。理香やんが真子さんと話を始めたのを良い事に、私はあいさつもそこそこに、私はボックスのソファーへすわり、ひとまわりも年上の、ロック中年のもっさんのひたいをぴしゃりとやり、もっさんは私のひげをぐいっとひっぱって、ふたりそろってわらいころげたり、この店の常連同士で結婚し、そのパーティーでは私が厳選した「演技のいい手品」をご披露させていただいた篠本夫婦に、親戚の子供のフリをしてお年玉をねだったり、フリーデザイナーのカトーさんに年末商戦のオススメゲームを聞かれたのでゲームマエストロとして正しい商品をおすすめしたり、かつてはフォーク青年だったぶっさんが、カラオケ+ギターでとろとろを熱唱するのを聞いたりして、やっと新年の楽しい感じを享受するに至った。しかし、この幸せも続かなかった。絶望とはまるで打寄せる波の如く、次々と迫りくるものであるのだ。
そういう楽しい雰囲気の中で、順番に回ってきたカラオケにおいて、私に数々のトラウマを植え付けた教師が左寄だったために、反体制が主流であるが故に現状は保守こそがパンクであると言わざるを得なくなった私が青年期に聞き倒したメロコアなどを選択してみようと思い、毎度のことながらGreenDayを候補としてとりあげ、果たしてAmerican Idiotにしようかととも思ったのだが、結局のところいつものBasket Caceを歌う事になった時である。またしても理香やんがあらわれて、私に難癖をつけるのだ。
こうして延々とマニアックである事を否定され続けて朝を迎えた。新年早々こんなに苦しい思いをするなら、マニアでなければよかったと思った。しかしマニアックでなければ私は生きてゆけないだろう。
導かれた結論は、マニアックで許される環境で生きる事だった。そのためのこのブログを作ってみたわけだ。
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